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共感覚。


強く生きる割れない癒しの太極拳士(ひび割れ回復中)が、興味深い記事をお書きになっていたので、転載します。トラックバックだと挑戦状が来そうなので(笑)。


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(ブログより抜粋)

でも、世の中には不思議な症状があって、共感覚という10万人に一人の症例があると言う。病気というわけではないのだけど。

共感覚というのは、ある感覚に別の感覚が伴うのだ。
どういうことかというと、「甘い」という味を感じた時、手に「丸い」感触を感じる。
青い物を見た時に三角形を感じる。
低い音を「赤い」と感じる。

触覚と視覚の組み合わせでだけではなく、五感全ての組み合わせがあるという。
つまり、一つの感覚に、別の感覚が伴って同時に生じるのだ。

共感覚者の見る世界は、一つの感覚だけではない、複数の感覚によって捉えられる、不思議と神秘に満ちたものになるという。

「料理を作るとき、塩を入れすぎて三角形を感じた。
もっと「丸」を入れなければいけないのに、料理が三角になりすぎた。」

「この音は青すぎるよ。もっと赤く出来ないか。」

これは決して単なる言葉遊びなのではなく、彼らにとっては確かにそこに丸や三角や色があり、それを感じて生きているのだ。

それがこの世の真実を捉えたものなのかどうか・・・?
彼らが手に三角形を感じている時、そこに当然三角形はない。

だからこの感覚は幻影なのだ。

しかし、彼らはたとえば味覚を視覚として感じたり、逆に視覚を味覚として感じることで明らかに普通の人よりも多角的な見方をすることが出来、またその結果出来上がるものというのは素晴らしいものが多い。

共感覚というのはある意味一つの真実の捉え方なのだと思う。

実際、感覚というのは全て光に還元出来るそうだ。
どういうことか、自分にはよく分からないけど。
甘い光、黒い光なんてぇものもこの世に存在するらしい。
もしかしたら三角形の味、白い味とかもあるのかもね。

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以上の記事を読んでいて思い出したのですが、ユングは人の深い意識にはげんけいと呼ばれるシンボルが存在していると提唱していますね。
ユングが、自分自身の内的探求によって得た世界観とまったく変わらないと感銘を受けたというチベット死者の書。この中にも人がこの生涯を終えた後、49日間の間に経験するという光やヴィジョンについての詳細が述べられています。
ユングの受け持った患者さんは皆、意識が統合されていく時に、円形の幾何学模様のようなシンボルを見たのだそうです。
その意識が統合される時に見える図を、深い洞察によって理解していたチベット僧達は、瞑想の道具として活用していたのですね。

また、数や形や色、というものは、太古からとても大切な存在としてあつかわれてきた、と東洋哲学講座で聴いたことがありました。
5や9、11や13は神の数字であるということ。マヤの暦は13ヶ月ですね。人々は12という数字に封印されてしまっているけれど、本当は13に至ることで、持ち合わせているもっと多くの要素が解放されるということでした。
また、家が四角でなければならない、という発想なども、国によって違っています。
△は動きを意味していて、十字架は統合を現していて。。。
身につけるシンボルも、今、自分自身がどういう状態なのかを考えて、補う意味で選ぶと良いとのことでした。
今ではアクセサリーとされている宝石やシンボリックなペンダントは、本来はアーユルヴェーダや占星学における処方箋だったのですね。
より光の強い物で反射させることで、魔を防いでいたのだということでした。
耳から入る魔を防ぐためにイヤリングを、心に入る魔を防ぐためにネックレスを、といったように。
もちろん、星の配置図を見ながら、自分自身に合った石や色を選ぶんですね。

今だから深い意味がわからなくなってしまっているけれど、大昔からあるもの、というのは何かしら意味があるのだな、と感慨深い講座でした。
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by ami-cosmo | 2004-11-25 19:26 | 意識の拡大