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与えること、そして使命とは何か。


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12月の関東方面への心の旅から帰って来ました。今回もいろいろと感慨深い旅となりました。また、様々な人に助けられました。












小説家であり、剣道家であり、人生に深い洞察を持つ博士


着いてすぐ、以前からみんなに、一度は絶対ご挨拶に伺った方が良い、といわれていた博士のもとへ。苺ちゃんと一緒に伺う事にしました。苺ちゃんは少し遅れて後から来ました。
博士は前日の夜から朝方までお話をされていたとのことで、お疲れのご様子。
それでもわたしに、「大切なことはね、」と滝のように力強くお話してくださりました。
「大切なことは慈愛なんだよ。」というお話。
生まれた時点で苦が生じる。いかに苦しんでいる人を助けることができるか。
個人がそれをやろうとしたらめちゃくちゃになるが、一人一人が魂を入れれば、それができるはず、と。
例えば、魂を抜いて、生まれたという苦を全部誰かに背負ってもらうというのは、卑怯、とのこと。それは仏性ではないのだと。
何かに傾倒して、それを守ろうとして、でも人間だから行き詰まりが生じる。それに対して、外的圧力によって否定するのではなくて、苦しいかもしれないけれど、自分のその要素と向き合って、自分なりに解決策を見出して、答えを見つけて昇華する。そして、もともと自分自身が傾倒していたもの自体とはまた別の仏性になる。それが守破離ということなのではないかと考えている、とのことでした。
確かに過去のチベットの聖者方などは、付き従う対象とはまた別の形で、人々を心の解放に至らせるような詩を数多く残す聖者になったり、太陽の動きを止めたり、その聖者自身に眠っていた仏性を目覚めさせて来たのかもしれないな、とそのお話を伺って思いました。
そして、それが『使命』というものなのではないか、と。
使命というのは、何か自分のためにする事ではなくて、天から授かった命、誰かのために、何かのために自分が授かった命なのだと。
「例えば湯飲みはお茶を飲むためにある。湯飲みでご飯を食べてもおいしくも何ともないんだよ。」と博士。
「それが使命という事なんですね」と、わたしが言うと、
「そうだよ!」と博士。
このお話は、以前、織りの子が教えてくれた、役割のために洗練された美の話題とも繋がるものがありました。
いかに自分自身がこの世での役割を見つけ出し、それを実現することができるか。
自分は、何のために、何ができるか、それをまず見つけることが、魂を入れることであり、慈悲であり、使命であり、仏性なんだ、という事でした。
このお話を伺って、わたしも今まで考えていたことが、一本の筋が通った形で論理性を持って繋がって行き、なるほど、とかなり感銘を受けました。
同時に、この方は確実に他者の潜在性を読んでいるな、と。
わたしの知り得る外界での度重なる大変な事態と、内的働きによる最近の錯綜に対して、まさに思索材料となる内容でした。


与え続けるという恩恵 苺ちゃんの奇跡

少しの時間差で苺ちゃんが到着。久々の再会。近況を聞かせてくれました。
お父さんの手術は無事成功したとのこと。
苺ちゃんが本屋さんに行って、何気なく手にした本を、これだーーーと訳もなく思ったらしいのですが、それが、チベット生と死の書、だったのだそうです。
それをお父さんに渡したら、今まで本を読まなかった人が面白いと言って読み始めて、ヨガ
の世界観さえも段々見えてきた、と。
通常なら半身不随になる可能性も十分含んでいる今回の手術も、事前にヨガの呼吸法などを始めたこともあって、見事に成功したのだそうです。
「今回は本当にたくさんの人に助けられたの。」と苺ちゃん。
「それは与え続けた慈愛が返ってきて、そしてお父さんにも仏性が宿ったんだね。」と博士。

予定の時間がちょっと過ぎたので、御礼を言って帰ると、駅で携帯を置いて来たことが発覚。
駅員さんに荷物を預かっていただいて、走ってとりに行きました。


見返りを求めない優しさ

その後、尊敬する人とのお話の後、お届け物のために歩きました。
が、道に迷ってしまって、1時間近く探し回りました。道行く人を呼び止めては、道を聞いていたのですが、皆さんとっても親切に教えてくださりました。
特に、朝日新聞の人は、一回離れたのに、「わかりましたか?」と言ってまた来てくださって、
「ちょっと待っていてください。自転車とってきますから。」と言って、わざわざ自転車をとりにいって、近くまで案内してくださったのでした。お礼に、持っていたお菓子をお渡ししようかな、と思って伺うと、「いいです、いいです。」と。見返りを求めない親切、というのでしょうか。
有り難かったです。


繋ぐもの、必然的現象。

迷った事で時間などの変更があって、次の予定が変わって、バス停へ。
するとそこで、小学校から中学校にかけての同級生、まいちゃんと7年ぶりの再会。
前に似ている人が立っているなー、と思って、「もしかして、まいちゃんですか?」って話し掛けたら、「あぁ、amiちゃん。。。。」と。 懐かしいね~。。と言いながら、近況とか、今みんなそれぞれどうしているかとか、話しました。

伝えること、オリジナルの言葉

夕方からは、先月のお約束通り、織りの子と再会。
新宿の東京カフェでお話しました。
最近織った布の作品の写真を見せてもらいました。作品に、初めて題名をつけてみた、とのことで、その題名にはお話もついていて、とっても素敵なお話でした。
織りの子らしい、素朴で優しい物語。
その後、ギリシャ神話の話から、潜在的要素についての話、今書いている物語の話、最終的にはどうなりたいか、など。
マヤンカレンダーで12月23日か24日は、伝えること、オリジナルの言葉、という意味が含まれていました。これは、今まさに織りの子がしようとしていることそのものでした。
締め切りは23日。届くのは24日頃。。
ふと、気になる日のこともいろいろと調べてみることに。納得できる内容。
どうなるかはまだわからないけれども、与え続けたものは巡り巡って返ってくる、それが織りの子の生まれた日の意味でもあるから頑張ろう、ということで、また来月も会う約束をしたのでした。


いつも開けたてのサイダーに

自分自身を見つめる旅が始まって、旅先で静かに座って本読みしながら居眠りをしていたら、spさんに、「最近のamiちゃんは、気の抜けたサイダーみたいだね。」と言われる。
「お菓子作りはセラピストより大変?」と聞かれるので、「肉体的には大変かもしれません。寒かったり。。。」とお返事すると、おなかは暖めた方が良いとのこと。
自分も腸が悪いから、お腹が痛い人のことはよくわかると。
いつも励ましていただいているのに、気の抜けたサイダーでは申し訳ないですね。
常にあけたてのサイダーと言っていただけるくらい、元気になって頑張ろう、と決意しました。

今回の旅は、様々な方々とのお話の中で、そして、自分を見つめる中で、答えが出始めて、また目的を持って真っ直ぐ歩き出せそうな、そんな有意義な旅となりました。
皆さん、ありがとうございました。
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by ami-cosmo | 2004-12-07 22:57 | 心の旅。