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友人のレポート課題

友人の大学院で出たレポート課題。紹介して良いとのことだったので、ご紹介します。

転載


課題:「絶対的価値観の存在しないニヒリズム時代においてどのように生きるべきか」

私なりの答:
「この世の中に絶対的価値というものは,存在するのか」これは,古くから様々な宗教学者や哲学者が議論してきたテーマの一つである.また,近年,数学者のゲーテルによってすべてを解き明かす完全な理論体系を構築することは論理的に不可能であるという「不完全性の定理」が証明されている.アリストテレスは,無限を「可能的無限」と「現実的無限」に分類したが,この不完全性の定理によると,この世が現実であるかどうかは非決定的であり,この相対的次元の世界において現実的無限,すなわち「絶対・普遍性」は存在しないことになる.このような考え方は,一般に現代のニヒリズムの思想と同等であると考えられる.ニヒリズムは,絶対的な価値観を否定するものであり,釈迦の「空の思想」や老子の「無」の思想と似ている.では,このような絶対的な価値観の存在しない世界において私たちはどのように生きればよいのであろうか.私は,釈迦の教えを参考にこれからの生き方をどうすべきかを考えてみたい.
 まず,釈迦の説いた教えの中で有名なのが,「この世は一切無常である」という教えである.この教えは,物質,財産,家族,心,意識,意志等すべての万物は必ず変化するものであり,絶対的なものは存在しないという考え方である.これは,この世は相対次元であることを意味している.例えば,すべての生命は,必ず生・老・病・死の過程を通過するため,現在状態を永遠に保つことはできない.では,このような相対次元の世界において釈迦はどのように生きるべきかと解いているのであろう.人間がこの世で様々な苦しみや苦悩から解放されないのは,人間が相対的な価値観に捕らわれているからだという.すなわち,相対的に変化するものに固執・執着するがために人々は様々な苦しみに悩まされるのである.確かに,我々は,相対的次元において生活しているため,他者や過去の自分と比較して生きる習性がある.このとき現在の自分が他者や過去の自分より優位な状態のときは満足感を感じるが,自分が劣っている状態のときは,不満・劣等感を感じるではないだろうか.また,釈迦が悟った当時,「空の思想」を説いているが,これは,すべての事象には実態がない,すなわちすべての事象は幻影であると解いている.しかし,この思想は,すべてが幻影なのだから何もするなという教えではない.この教えの真髄は,すべての事象が相対的なもので,絶対普遍なものでないため,それに捕らわれることなく,一瞬一瞬を大切に生きよという意味だと思われる.
 この世は,相対的な世界であり,絶対的価値観や真理というものは存在しないのは確かだと思う.そして,絶対が否定されることによって,相対的解釈の可能的無限性や多様性が創発される.例えば,善悪という概念も相対的であるため,ある集団において善とみなされるものが,他の集団では悪とみなされることになる.逆に相対的解釈をする人間のいない自然界では,善も悪も存在しない.私は,このような相対次元の世界では,相対的価値観に捕らわれることなく,釈迦の教えのように,あらゆる事象に対して頓着せずに,淡々と前向きに生きるべきだと思う.

転載終了

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by ami-cosmo | 2005-07-04 23:01 | 東洋哲学