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本を友とする人々の件について。


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世には活字が大好き、という種族がいらっしゃいますね。

先日、わたしはどうしてこんなに本が好きなのだろう、
とおっしゃっているお姉様がいらっしゃいました。

わたしはどちらかというと、本はあまりもっていないし、
借りた本を借りっぱなしにしてしまうほど、
本を読まない人だったりします。

興味のある、例えば虹の階梯とか、かもめのジョナサンとか、
何冊か読んだ本はあります。

あ、深い、面白そう。と思うと、一気に読んだりします。


ところで、本が好きな人々というのは、
本をお友達のように思っているのではないかなということに、
最近気づいたのです。

というのも、そういう方々からお借りした本というのは、
必ずと申し上げていいほどに、
付箋が貼ってあったり、マーカーがひいてあったり、
コメントが書いてあったりもするんですね。

そのコメントを拝見しますと、
その本の文章に対するご自分の意見が書かれているんです。
それが会話形式なんですね。

そう、まるで本を書籍としてではなく、
生きている友人のように会話しているんです。

わたしはそれに気づいた時、なるほどー!と思いました。


わたしにとっては、本はもう書き終わった文章であって、
誰かの見解であって、
生身の生きている人間とは無関係な個体のようにとらえていたんですね。

なので、一日が読書でおわるなんて、
もったいない、的なところがありました。

しかし、そういう種族の方々にとっては、
一日が読書でおわっているのではなくて、
本という世界の住人と、会話をされているわけです。

それで多分、充実した、と思えるのでしょうね。

そうそう、小さい頃、インドやチベットの経典が翻訳された書籍の字が難しすぎて、母上にふりがなをふってもらったことがありました。

彼女は徹夜で書いてくれたのですが、
それを読んでみると、本に書いてある文章の続きみたいなものが、
さらに鉛筆で書かれているんですね。

相当眠気が極限に達していたのでしょう。

文章のおわりの方に、「それでね、今日ようこちゃんがね・・・」
とか、全然関係のないことが書かれていました。
本人に指摘したところ、爆笑していました。

きっと母上は、本と会話する種族ではないと思われますが、
極限的睡魔の世界で、本に向かって対話していたもようでした。


わたしからすると、伝記とか、過去に本当にいらっしゃった聖者のお話とか、本当にあった話とか、世界観とか、実用的・哲学的な書籍は読むのですが、特に小説は物語としてしかとらえていなくて、
全然進みません。 なので、かもめのジョナサンと秘密の花園が読めたのは、快挙といえるでしょう。

絵本は特別です。
イメージや世界観がダイレクトに伝わってくるので。
多分、アートとか、音楽とか、
直接的に心に響くものが好きなのでしょうね。

それはそうと、わたしにとって、本を友とする方々のお気持ちを少しでも理解できたことは、とても貴重なことでした。

皆さんの周りにも、本と対話している方、
いらっしゃいますか?

今後もあらゆる人々の心に対する理解を深めていきたいと思っています。
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by ami-cosmo | 2006-03-24 09:28 | ひとこと。