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的を射るのではなく、己と的をひとつに

「真実に向かおうとする意志」
功夫天下の部長が、本質的な概念を書いていたので、トラックバックさせていただきました。

私は『結果』だけを求めてはいない
 『結果』だけを求めていると
 人は近道をしたがるものだ…
 近道した時 真実を見失うかもしれない
 やる気も次第に失せていく
 大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている
 向かおうとする“意志さえあれば”いつかはたどり着くだろう?
 向かっているわけだからな…違うかい?


これ、本当にそうですね。
東大でノーベル賞を目指していたという、V様もおっしゃっていました。

目的と手段、が分離している限り、それは二元的意識だと。
そして、二元的意識によって苦しみが生じる、と。

例えば目標があったとして、そのために努力する。
でも、それが精神的達成の場合、そのための鍛錬、では二元的思考になってしまうのだそうです。
目標ばかり意識してしまって、その鍛錬に意識が集中していない状態ですね。
だからこそ、そこにおける障害が生じた時、放棄してしまったり、立ち止まってしまうのだと。

もしも鍛錬そのものが目標と統合されていれば、その鍛錬自体が目標になり得るのだということでした。

ということは、今、目標を持っている人は、この生活そのものが目標の中に組み込まれているということになるのでしょうね。
こうなりたいから、これを達成したいから今がある、のではなく、今生きていることそのものが、目標そのもの。
そうだとしたら、焦ることもなく、また他と比較することもなく、今、この瞬間をひたむきに奮闘できるということなのだと思います。

また、以前、心の旅で瞑想していた時、ふと、このような気づきがありました。

わたしたちの意識はいつも、過去に対するとらわれと、未来への渇望から成っている。でも、本当に良かったと思える過去とは、今、この瞬間に集中していた時、だ。
だからこそ、本当に有意義な時、とは、今この瞬間に集中して生きることに違いない。


目的のための補助ではなく、喜びのための手段でもなく、今、この瞬間生きていることそのものは、努力することを止めない限り、目標とひとつである存在なのですね。
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by ami-cosmo | 2004-10-11 22:07 | 意識の拡大