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マンダラ展 ~講演会・ユング心理学との関係性編~

京都大学 森下一先生と、
不登校、引きこもりをつくらない会、を結成。

ひきこもりをもとに戻すのは難しく、1/3以下といわれている。
そこで、宗教的な智慧を借りよう、ということに。

ユング  

フロイト、ユングに対する見解は揺らいでいるが、
マンダラ研究を語るには、この人なしには語れない。

エリアーデ、ユング、・・・

ヨーロッパの偉人は、お互い関係していることが多い。

聖女ヒルデカルト
天使がたくさん集まっているマンダラを描いている。

ユングによると、マンダラは、仏教に限らない、
普遍性のあるもの。

もともとユングは、患者さんや、
自分が不安定な状態から立ち直ることを通して、
その人のアイデンティティー、個性が回復する途上で、
マンダラを見るということを知った。

マンダラは、葛藤から途上(調和?)に戻す効果がある。
心が病んでいる人が、葛藤から世界と調和していくことに、
非常に役立つ。

ユングはとても神秘的な力のある人物だった。
第一次世界大戦の前に、電車の中で、
ヨーロッパが血の海に沈むヴィジョンを見ている。
そこでユングは、自分が発狂寸前なのではないかと考えるが、
実際に第一次世界大戦が起こり、自分が見たものが真実だと
知る。

では、その塗り絵をさせたらどうかということで、
マンダラ塗り絵が登場。

これを始めたのが、アメリカのユング派の精神科医の人。
アメリカのマンダラ塗り絵。
あくまで、マンダラ的、なのであって、
マンダラのように、そんなに複雑ではない。

中京女子大学。
体力はあるが、勉強が嫌いな人が多い。

そこで、マンダラ塗り絵と、宗教学のアニメをつくる。
これは、漫画宗教学として売り出したところ、
かなり売れた。

病んでいる人と、健常者に、
線を引くこと自体がナンセンス。

だから、健常者に使ったみた。

女子大の、いじめられていた女の子に塗らせたら、
灰色とか、真っ黒だった。
この女の子は、弟が灘高に通っていたことなどあって、
コンプレックスを持っていた。

ずっと塗っていたら、段々色が出てきて、
いじめもなくなった。

にわとりが先か、卵が先かの話と同じで、
いじめられなくなって、塗り絵が変わったのか、
塗り絵でいじめられなくなったのかはわからないけれど、
マイナスではないことは確か。

自分を理解することに役立つ。

週一で、同じパターンを塗り続けてみる。
同じ人間が塗ったら、同じパターンになる。
ある日突然変わったら、自分の中に、
何か変化があるのかもしれない。
体などに気をつける。

マンダラの感性を見ると、人それぞれまるで違う。

が、日本人は、横並び思考が強く、
みんな同じ考えを持っていると思いこんでいる。

そういう意味で、他者を客観的に認識する糧になる。

塗っている時は、その人のエゴ、欲望や、
表面的な感性が表れる。

ちょっと離れてからみると、自分が意図しなかったものが
でてくる。

近くで見たもの = エゴ
遠くから見えてくるもの =セルフ

無意識だから、表面には現れて来ない。
表層は、氷山の一角。

マンダラ塗り絵は、
無意識の世界を認識するのにすごくいい。

本来の自己、セルフ、
その人の本当の意味での個性である可能性が高い。

同じブルーでも、濃い澄んだ青、
トルコブルー、ペルシャブルー はプラスをあらわし、
濁ったブルーはマイナスをあらわしている。

意味は、一つに確定していない。

ヨーロッパでは、ブルーブラッドなどと言って、ナイト、
青い血の騎士、など、良い意味で使われたりする。

阿閃 怒りを克服したのだから、違うのを塗ればいいと思うのだけ   れど、青を塗る。

お不動さん 慈悲だけでは救えないということで、
      暴力とか、死とか、そういう色が出てくる。

インド・日本においては、マイナスの極で、
プラスの極を表そうととする。

最も聖なるものは、最も俗なる姿を現すという考え方。
最もいまわしいものこそ、最も聖なるものが宿る、という考え方。

男神と女神の色。

青 死、憎悪
赤 愛欲


マンダラは、対照であることが大切。
大きく対照からはずれたマンダラの塗り方をしていたとしたら、
自分の中に、何か問題があるとみる。

その場合、次は対照に塗ると良い。

対照でない場合、そのまま続けると、その人の問題が
肥大化する可能性もある。

イエス、マリア像などの顔を見てみると、
美男美女に描かれている。
対照性と関わっている。

NHKに出ていた、ホラー漫画家によれば、
対照性を崩すことで、人間は恐怖を感じる。

ちょっと不安感がある時は、対照に塗った方が良い。
複雑な方が、高い芸術性、神秘性が生まれて来やすい。

マンダラは、色を塗るよりも、遙かに線を引くのが大変。

マンダラは、1500年以上続いている。
その中で残ってきたものは、当然、いいものしか残らない。
それを真似することは、意味がある。

境界がないパターンで塗った場合は、
かなりの問題がある可能性が高い。

基本的にマンダラは、内と外が閉じられた世界。

偏差値の高い人に、問題がある人が多い。

(ここで、様々な塗り絵のパターンが紹介される。
良いパターン、良くないパターン。)


(例)真ん中からはずれた場所に、ぽつんと赤い○がある。


世界の中心に自分がいない。
ただ全部淡く塗るだけなら、消極的、なだけでおわるけれど、
そこでわざわざ真ん中から離れた場所に赤い○があることで、
それが象徴されている。


(例)マンダラの中に、外側が強く塗られている○と、そのまわりに、白い○

自分が固い殻に閉じこもっていて、
それを、冷たい目で見ている人が、非常に近くにいる。
とても苦しい状態。


マンダラは、誰が見ても、生命感に溢れる、
暖かいものの方が良い。
さらに、複雑な方が、人を癒す。
動きがあったり、盛り上がっている感じが出ているのが良い。
女性の方は、塗らせてみて、そういう人といると良い。


歳をとると、概念でものを見るようになるから、
子供の絵を見ていると面白い。

枠を無視したり、自分で線を引いたりする。

人を批判したいわけではないが、最近、
絵の描き方の本が売られている。

動物や、ものの描き方など。

あれは、個性や創造性がなく、
はっきり言って、幼稚園の先生や親が喜ぶだけ。

ラスコーの壁画は、養老先生によれば、
言語が十分でない段階で、描かれたものではないかとのこと。
言語が十分だったら、あそこまで素晴らしい絵は描けない。

何故、仏教でマンダラが出てきたか。

概念や言葉では、真理は伝わらない。
直感や、感性といったもので伝わる。


Q&A

Q 第三の目を読んで、このような世界に興味を持ち、
  臨死体験などにも興味を持って、
  チベット、モンゴルと旅をしました。
  マンダラ塗り絵を最近塗っていたら、すごい金縛り体験があっ  たのですが。
  
A 人の中には、そういった体験をしやすい人というのがいます。
  シャーマンといわれているような存在。
  密教行者系の血の家系というものはある。
  魔女の宅急便で、絵描きのお姉さんに、空を飛ぶとき、どう   やって飛ぶのか、キキに尋ねる場面があって、キキは、
  「血で飛ぶの。」と答えているけれど、実際にそういうことは
  ある。
  その塗り絵をされている時、とても集中したのではないです   か?
  人は一点に集中することで、日常の意識がストップして、
  それ以外が活性化されるということがあるといわれているよう  です。これも、仮説なので、本当にそうかはわからないです   が。


Q 今後、このマンダラ塗り絵と、心理テスト的なものとの統合は  お考えでしょうか。

A 個人、仲間内くらいにとどめておいた方が良いのではないかと  考えています。
  確かに、入社試験などで塗らせたら、出るだろうけれど、
  それは本来の主旨からずれる。
  その人の内面をさらけ出すことにもなるし、カルテ的なものに  もなってくるから、それ以上踏み込まない方が良いのではない  かと思います。
  実際に、その研究をしたいと言って、し始めている大学院の学  生は知っています。
  自分のマンダラ塗り絵を使って、そういう鑑定をしている人も  いるのも知っていますが、著作権云々以前に、もし何かトラブ  ルがあった時に責任を負えないですからね。



Q 今日、この会場に来られた方々は、マンダラに興味を持ち、
  実際に瞑想や修行等をされている方もいるかと思い、
  自分もその中のひとりであるわけですが、
  チベット密教などの修行の過程において、分裂病のような過程
  が出てくることは、知られていると思いますが、僕はそれは、
  病的な状態であって、病気と捉えるのはナンセンスだと思いま  す。先生はその辺をどうお考えでしょうか。

A 極論すれば、優れた宗教家や、すぐれた人は、
  一度向こうに行った人であることが多いという事実がある。
 
  自分が知ってる中でも、チベットの僧で、
  向こうの世界に行ったっきりの人もいる。
  それは、目が水銀のように光っているのでよくわかる。
  重い統合失調症の人では、朝から夕方まで、
  ずっと瞬きもせずに、太陽を見ている。
  健常者にはできない。
  まちがって、水銀の混じった食べ物を、何人かが食べた時に、
  みんな下痢をしたのに、重い統合失調症の人だけは、
  お腹をこわさなかった。
  それくらい、精神というものは、身体にも大きな影響を与え   る。

  特に、マハームドラーや、ゾクチェンの系統になると、外から  はなかなかわからない。

  儀礼や、マンダラなどの絵が描けない、といったことからは、
  わかるけれど、表面的にしかわからない。

  密教は極限まで追い込むから、非常に難しいものがある。
  だからこそ、優秀なお師匠さんが必要。
  そこにおける、絶対的帰依を必要とする。

  今、あまりいいお坊さんが出てこないのは、安全性を重視して  いるから。

  死ぬことを覚悟で、本気で宗教性の意味でやるのか、
  教育なのかでもめている。

  あまり、言い過ぎると問題になるから言えないが、
  密教は、死ぬ気で本気でやらなければ、結果がでない。



Q 密教で、マンダラが、どういったことをうったえているので   しょうか。
  どうしてマンダラができたのでしょうか。


A 難しいが、昔は地面に、特殊な図を描くことで、通常得られな  いようなものが得られるということに気づいたのは確か。
  
  儀礼などで、そこに神々をお招きするというもう一つの意味も  ある。

  もともとマンダラは、円という意味。
  小さい頃、陣取り合戦をしたりする時に、線を引いて、
  ここからは入っちゃいけないよ、と言ったりしますね。
  それと同じで、聖なる空間、そしてそこから、対照などが
  入ってきた。
  俗の世界と聖の世界の結界。
  その中に自分が入って、修行していく。
  邪悪なものが入らない中で、聖なるものを増殖していく。


Q お話で出てきた、三人の先生のフルネームと、
  はいばんになっている、書籍の名前をお願いします。
    

A 加藤清
  森下一
  河合重雄



Q 緑色が、夜の色である、という意味合いと、
  緑色が、活動の色である、という意味合いの関係について
  教えてください。

A 空の色、一日の天体の運行で例えると、夜。
  
  仏教の色彩学においては、行動、積極的な意味を持つ。
  
  大日は、太陽の神だといわれたりするけれど、
  実際は光の神。
  太陽の神ではない。

  太陽は、恩恵という象徴と、ドライアップ、乾燥死させるとい  う意味がある。
  月は、逆に、明るい、旅がしやすいという考え方を持っている

  チベットでは、夜の方が行動したり、歩いたりできるので、
  矛盾はしていない。

Q もうひとつの質問で、紫色は、よくないとのことでしたが、
  冠位十二階などでは、紫色は高貴な色とされていたりします。
  その辺についてはどうお考えですか。

A 確かに、古代紫というのは、もっと明るい、赤紫色に近い。
  しかし、紫を多用したマンダラを見たらわかるけれど、
  良くない。
  有名な芸能人で、紫と茶色を塗りたくっていた人がいたが、
  どうしてこうなるのかなー、と思いました。

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by ami-cosmo | 2006-09-10 21:33 | 東洋哲学