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役割のために洗練された美。


シンプルでスタイリッシュな5万円のピアノを見つけたとの博士からのお知らせ。
天性の音楽家は、880円の寝袋を買われたとのことで、夏仕様の寝袋がそろそろ寒いわたしにとっては、非常に興味深い速報でした。

以前、織りの子と会った時、
使われるために洗練された美、について語ってくれました。
道端で偶然通りすがったブティックの、作品展のパンフレットが気になって、
松本まで行ったらしいのです。
するとそこには、いつも見ていた美術作品とは違う、
日常的に使われているコップやヤカンなどが置いてあって。

水の入る量、重さ、人が最も使いやすい形。
そのために洗練されて、作られたもの。
その、削ぎ落とされた美しさに、衝撃を受けたといいます。

いつも見ている美術作品は、みてみてみて?!と主張している
らしいのですが、その作品たちはとても静かで、
言葉にしてみると、
「なぜ、わたしたちはいつも使われているのに、今こうしてみんなに
見られているのだろう。」
と言っているかのよう、とのこと。。


その展示会をした3人のうちの一人は、
生徒に100円で最も美しいものを買ってきなさい、と
言って授業をしたことがあるらしいのですが、
ある生徒が事務用クリップではなく、
カラフルなハート型のクリップを買ってきたことに愕然とした、
と言っていたのだそうです。

古き静かなるものたちに感動した織の子は、
それから数日後、学校の隣のごみ捨て場で
昔ながらの足踏みミシンを発見。
ごみ収集のお兄さんに許可をもらって、
捨てたおばさんに電話をしたら、了解がとれて。
花に水をあげていた向かいのおじさんが
快く学校まで運んでくれたのだそうです。

本当に使われるためだけに存在するモノたち。
その美しさは、きっとずっと使いつづけていて、ある日突然、
窓から指す光に照らされた様子が、物凄く感動する、そんな風に気づけるのかな、と思っていました。
その削ぎおとされた美学を、理解できる織りの子は、本当に精神性が高いと思います。
それはきっと、人間が、何年も、何十年も生きてやっと気づけることだと思うから。
そしてそれは、人の生涯においても同じ美学が存在する、とわたしは思ったりしています。

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by ami-cosmo | 2004-10-30 21:43 | Art