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カテゴリ:気づき 超えること。( 16 )

学ぶこと、反省すること。


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昨日は夜遅くに、お手紙タイム。
少し前までは、朝早く郵便屋さんの回収があったので、
書き終わったら夜中に出しに行っていましたが、
最近、朝早い回収がなくなったので、
今朝出しに行きました。


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今回はお手紙にあまり余白が残らなかったので、
封筒に絵を描きました。
秋の葉や木の実の挿絵。
いつも素敵な挿絵を頂いているので、
なるべくわたしも絵を描くようにしています。



聖者に書かせて頂いている、
という恩恵もあるのかもしれないですが、
お手紙を書くと、心が豊かになるような気がします。

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今日は、とても良いお天気で、
暖かなおひさまと、
真っ青な空、
爽やかな風が、少し強めに吹いていました。


ここのところ、秋の紅葉を見に行くためか、
山登りする方も増えて来たようですね。

先日、京王線に乗っていたら、
珍しい光景に遭遇しました。

それはとても元気の良いおばさま方が、
目の前一列横に座っていらっしゃいました。

左から2番目に、おじさまがいらして、
おばさまに囲まれているのですが、
とても人気者で、終始笑顔で楽しそうにお話されていました。

例えるなら、小学生が遠足に行った時のように、
とても無邪気で楽しそうなのです。
年齢を感じさせない若々しさがあって、
電車の中にいる人みんなが、
そのおばさま方ご一行に釘付けでした。

とても大きな声でお話されていて、
お話の内容も聞こえてきました。
それはおばさま特有の陰口などではないんですね。

お友達のお話をされるのですが、
みんなのことを受け入れ、
みんなが仲良くなるように促すような会話をされているのでした。
こういう方々がいらっしゃるのだなーと思いました。
おばさまもおじさまも、とても素敵な笑顔をされています。

人に良き言葉を語り、
人と人を和合させるような言葉を語り、
皆で和合し、適度に運動をされる方々は、
あのように健やかで豊かな日々を過ごされるのだろうなと
思ったのでした。
素晴らしいなと思います。


その後、中央線から埼京線に乗り換えるとき、
思わぬハプニングが。

電車が発車しそうになったため、
急いで走って乗車しようとしたのですが、
駅のホームを走っている時に、
前におばさまとおじさまのご夫婦がいらしたんですね。

わたしは小柄なので、走ってすり抜けることができるかな、
と思ったのですが、おばさまにぶつかってしまったのでした。
駅のホームなので、危ないですよね。

その後、電車におばさまも乗ってこられたのですが、
旦那様に、「つきとばされちゃったわ。」
とおっしゃっていました。

本当は、ぶつかった時点で、誤りたかったのですが、
その後満員電車で誤ることもできませんでした。

今まで車内で踏みつぶされたり、
満員電車でウォークマンの線が切れたり、と、
大変な境遇になることはあっても、
誰かを突き飛ばしてしまったことはなかったので、
とてもショックだったのでした。

そのおばさまにも、おばさまを大切に思われる、
旦那様や、お子様やなどのご家族、
お友達がいらっしゃるでしょうし、
その方々にも申し訳ないなと思いました。
おばさま、本当に申し訳ありませんでした。

急いでいても、他を配慮し、
危険の及ぶようなことをせず、
しっかりとまわりを見渡して、
ゆったりと過ごしたいなと思ったのでした。

大切なことを気づかせてくれた、
この日見た光景、そして出来事に、
感謝したいと思います。
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by ami-cosmo | 2006-11-07 23:26 | 気づき 超えること。

不動の心


先日、聖者の方とお話する機会があり、
一緒に伺ったお友達が、質問していいよとのことだったので、
わたしから質問させて頂きました。

それは、これから起こる、大きな出来事に対して、
どのような心構えでいたら良いでしょうか、という質問。

その質問に関するお返事。

そこで起こってくる、自分の感情を、
批判することなく、見つめたら良いですよ。

その時に不動でいられるためには、
普段から、呼吸に意識を向けて、
自分が今どういう状態なのかを見つめることが大切です。

苦しいこと、悲しいことがあった時に、
自分の感情について、ただ見つめること。

そこで心が動かなくなったら、
エネルギーの変容が起きてくる。

チベットの聖者の話でも、出てくるけれど、
わざわざ心が傷つくような状況が与えられる。

そこで巻き込まれることなく、不動でいることによって、
変わる。


とのことでした。

まったく無関係な質問をしたつもりでしたが、
本当に今のわたしにとっても必要な回答で、
言葉にはせず、ひたすらメモをとりましたが、
とても驚きました。


そして今朝見た、母上からのお言葉。

********************************

最近のあなたを見ていて気付いた事を言うね。
きっとあなたは内的鍛錬がどんなに辛くても頑張る人なのだと思います。

あなたが昔まだ中学生か
小学生の頃勝利者のお手伝いで図書館に行っていたよね。
いつももっと綺麗な服装してきて下さいって言われた
り色々厳しくして貰えたよね。

最近のあなたを見ていてやっと判ったのだけれど
…多分あれはわざと勝利者はしていたのだと思います。
それは勝利者があなたの弱点を見抜いていたからだと
気付きました。

今あなたがそこに居る事もその弱点を超える為の場なのだ
と思います。
精神面って周りの人達の言葉や環境に動かされて
いてはずっと自己を超えられないのかもしれないのだと思います。
そこの場を自己の弱点を克服する場ととらえて
とても理不尽な事を言われたりされたりしても決して心が波立たない状態が来たならば
あなたの苦しみは消えるでしょう?
純粋で一生懸命で本当に素晴らしいあなただからこそ
たくさんの試練をあなたに与える事でしょうね☆

でも辛さ、苦しさを内的鍛錬と同じようにとらえて
たくさんの光を身に受けて全身に浸透させて
いつか周りを照らす光になってね(*^_^*)
あなたの周りの人達の言葉を
自分を成長させてくれる為の言葉と受け取りましょう

だから何をいわれても我慢をするのとは違うん
ですよ。
我慢では無くて感謝すること…
だって自分が嫌なことを言われたり理不尽なことを言われても
全くそのことに対して心が動かされず
自分のするべき事を坦々とする事が出来るようになる為に
みんなが協力してくれているのだと思ったら自然に
ありがとうって思えるよね。
そしたらあなたはずっと強くて優しさ溢れ愛みなぎる人になるね(^-^)V
でもね。
私はどんなあなたも大好きだし
あなたが幸せなのが一番嬉しいよ☆
だから我慢しない方法は私みたいにブチ切れたりやさぐれるだけじゃなくて
一番自分の為になり成長する方法が良いかな?ってね☆
偉そうにすみません。m(_ _)m

****************************

昨日の聖者のご回答と、母上からのお言葉。

昨日の時点で、わたしはたくさんのチャンスを
与えられていたのに、ことごとく無駄にしてきたのだなーと
本当に思いました。

ハードルをひとつ越えたら、見えてくる世界はもっと広がるし、
もっと器が広がるのでしょうね。

小学生の頃は、もっと不動の心があったように思いますが、
ここ何年か、負けっぱなしだったように思うので、
次にチャンスが来た時は、不動の心を培う訓練をしたいなと
思いました。

本当に、奥が深いなと思います。
チベットの過去の聖者のお話は、
たまに読んだり目にしたりしますが、
心の闇をはらい、粉砕し、まさに心に光を持つかのようなお話で、
いつもとても勇気が湧きます。
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by ami-cosmo | 2006-09-14 17:15 | 気づき 超えること。

本来の気持ち。


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元気崩壊から数日、
昨日、今日と少しずつまた、
フカフカな気持ちが戻ってきました。

親しい人から、
耐えることで不機嫌をにじみ出していたわたしに、

「本当はそういう人じゃないでしょ。」

「本来はもっと優しい人でしょ。」

と言って頂いて。

そうか、
わたしをとりかこむ
言葉にとらわれたり、
現象にまきこまれたり、

そういうものがまとわりついて、
本来の自分がまた隠れていた。

どんなことがあっても、
どんな言葉に出会っても、
本来の姿のまま、
そのままでいれば良いんだ。

と思いました。


b0023052_105129.jpg昨日わたしなりに気づいた、自分への教訓

・理解できないことは、明白にして解決

・負は、負で返さない(反射)

・不機嫌をべつの事象・対象にぶつけない(連鎖)

・微細な心、感謝の心、優しさをいつも持っていること

・プラスを伝播していくこと


気づき

心のこもったものを頂くと
信じられないくらいおいしいし、とっても元気が出ます。
やっぱり心を込める事って本当に大切ですね。
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by ami-cosmo | 2006-08-25 08:01 | 気づき 超えること。

どんな状況でも、光に向かえる強さ。


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この世界に生きながらも、
前向きに、
直向きに、
どんな状況でもプラス思考でいられる乙女達がいます。

今日は、以前から気になっていた、
そんな方々をご紹介。

若きエッセイストの卵である、愛加さん。


もうひとつのブログ、cellebibleの方でも、
たくさんの女の子に、勇気と希望の光を
与えていらっしゃったようです。


彼女は、以前ご縁のあった、
トトロと会える、女神のような方に、
とっても似ていらっしゃいます。
トトロと会える方は、
誰も気づかないくらい普通にしていても、
「大丈夫?何かあった?」
とすぐ気づいてくださったり、
感じるものがあると、手作りのお手紙をくださったり、
一緒に公園を歩いて、木とご挨拶したりもしました。
みんなから慕われる、とっても心優しく、
そして強いお方でした。

愛加さんも、以前拝見したcellebibleには、
その文才ゆえに、大人からの利益を目的とした数々の誘惑が
なげかけられても、それをものともせず、
ご自分の心に問いかけながら、
絶えず歩むべき道を選択されていた様子が書かれていました。

その強さと勇気、純粋さが、
たくさんの女の子に、元気を与えたのだと思います。
素晴らしいですね。


そして、もうひとり、
わたしのマイミクにもいらっしゃる、
ナツエモンこと、山口奈津江さん!

きっかけは、火葬場でのアルバイトの毎日の出来事を綴る、
火葬場より。女子大生のしみじみノート 
でした。

死、を意識すると、おのずと、
今生きていることに、感謝を感じる。。。

奈津江さんの着眼点は、研ぎ澄まされているな、
と思いました。

奈津江さんは、「あなたは絶対運がいい!」の著者である、
浅見ほほこさんをとても尊敬していらっしゃるようで、
奈津江さんご自身も、ポジティブな気持ちを綴った、
もうひとつのブログや、
書籍も書かれているようです。

小さな事にも感謝して、
前向きに現象を見つめていくこと、
とっても大切ですね。


ちょっと前ですが、こんなことがありました。
お友達が、わたしがお腹をすかせているだろうと思って、
バナナを持ってきてくださったんですね。

その時、受け取ってすぐに、
当時マクロビオティックで聞いていたお話の中から、

「バナナや果物は本来は夜でなくて、朝食べた方が良いのだって。」
と、無意識に伝えました。

すると、

「もうあげない。」

とお友達。

わたしは、そういうつもりで言ったのではなくて、
もらったのは有り難いけれども、そういう背景があると
伝えたということを話したのですが、
納得していない様子。

よくよく聞いてみると、感謝の言葉を言う前に、
その内容が出てきた、とのこと。

そこでハッとしました。

そうか、本当はありがとうとまず言わないと、って。
感謝が足りないなって思ったんですね。

以前は、そういうお話をたくさん聞く機会があったので、
何に対しても感謝する気持ちが養われていたように思うのですが、
そうでない環境になってから、忘れかけていたかもしれない、
と気づきました。

愛加さんも、奈津江さんも、
お二人の文章には、必ずありがとう、という言葉が、
入っています。
それは彼女たちが、感謝の心を意識しているから、
それが自然にできているのだな、と思いました。

本当に大切だなと思うと共に、素晴らしいなと思いました。

この気づきに、ありがとう。

本当の意味での明るさと強さ、
前向きでひたむきな心は、
感謝とイコールなのだということを、
改めて感じたのでした。

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by ami-cosmo | 2006-08-24 08:00 | 気づき 超えること。

エレベーター事故


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少し前に、マンションでエレベーター事故があったということを、
日曜日に知りました。

わたしも、荷物用の、鉄でできた空気の重圧によって上下する
リフトに、足が下敷きになったことがあって、
とても人事とは思えませんでした。

その時は、粉袋と一緒に自分も乗って、
まだリフトが地面に着地する前に、自分だけぴょんと降りて、
上からリフトが降りてくるのを見ていました。

すると、突然、バキバキバキッという音と共に、
ものすごい激痛。

あまりにも信じられない痛みに、背中に寒気がして、
死ぬかな?と思ったのですが、
自分の身体を見ると、挟まれているのは足、
きっと足なら死ぬことはない、と思い直して、
慣れないリフトのボタンを押したら、上昇してくれました。

ぺしゃんこにつぶれた足を、とりあえず冷やそうと思って
水道で流水をかけましたが、
冷やすくらいでは治るようなものではないことを即座に察知。
こういう時に限って冷静になるので、泣き叫ぶこともなく、
またそのコワイリフトに乗って、
2階に上がりました。
あまりにも冷静だったために、誰も骨折とは思わなかったようですが、実は親指の骨は粉砕、小指骨折、
後の指は脱臼だったことが判明。

病院に行ったのは、事情があって7時間後でした。

入院と手術をしましたが、
幸運にも、手術中に音楽をかけさせてもらえたり、
お友達からも励ましのお手紙が届いたり、
夢にも毎日威光放つ生命体が出てこられたりと、
安堵感ある日々を送ることができました。

その時の母上の反応がまた信じられなくて、
病院に来るやいなや、開口一番、
「あらぁ。良かったじゃない。」とひとこと。

まわりのお友達も、唖然と共に、
なんて強いお母さんなんだ、と感心していました。

良かった、というのは、
闇の分子がひとつ減って、良かったね、という意味合いが
あるわけですが、
娘が骨折して入院している姿を見て、その言葉が出るのは、
わたしから見ても尊敬に値すると思いました。

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その時は、いつ、何が起こるかわからないなって思ったのと、
生きていてもここまでの痛みが経験できるんだ、ということ、
また、自分はとても守られている、ということに、
感謝の念でいっぱいでした。

その時お見舞いに来てくれた友人も、
同じ年内に病気で入院したりしたし、
生も死も、病や老いとも、
わたしたちは絶えず隣り合わせなのですね。





わたしは自分の不注意からでしたが、
今回のマンションのエレベーター事故のように、
エレベーターが勝手に急上昇することもあり得るのですね。

最近、集中することが大切だというお話を伺ったので、
日々集中して、一瞬一瞬をもっと大切にしなければいけないな、
と痛切に感じました。
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by ami-cosmo | 2006-06-13 08:19 | 気づき 超えること。

わたしとは、何か。


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お風呂で瞑想しながら、心を静かに見渡してみる。


自分とは、何か。


この存在そのものは、果たして、実体のあるものなのだろうか。

誰かがわたしの名前を呼ぶ。

その瞬間に、わたしがわたしという存在であるかのように錯覚する。


自分とは、何か。


自己紹介をする。


その瞬間に、わたしがまるでわたしであるかのように錯覚する。


自分とは、何か。


この身体。

心臓?  それだけではわたしとは言えない。

手足。  それだけではわたしとは言えない。

顔。   それだけではわたしとは言えない。


五感。

目や耳、触覚や味覚。 それがすべてではない。


心。  心も常に変化する。 わたしとは言えない。


記憶。 その積み重ねが、わたしとも言えない。


わたしだと呼ばれ、認識するものが、
さもわたしであるかのように錯覚するから、
そこからとらわれが生じて、苦しみが生じる。


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宇宙の始まりと同時に、プログラムとして存在した、
無数の同じ存在と等しいはずだった、わたし。


きっと本質は何もかわっていない。


そこに感情移入することに、意味はなくて、


ただ、その過程でかけてきたものを補い、補修し、
ただ、その過程でへばりついたものを、そぎ落とす。


そして、本来の光に還ること。
わたし、と同じであるたくさんのわたし、が、
その光に還ることを願うこと。


それが、その存在の意味するところ、それだけかもしれない。


わたしたちは遠い過去から、たくさんの錯覚を起こしている。
その錯覚が、たくさんの仮想をつくりだし、
いろんなものを見えなくさせて、わからなくなっている。



目を瞑ると、そこは意識の新緑のよう。
湖面があって、覗き込むと、自分自身を映し出す鏡になっている。


瞑想や、心を見つめることは、まさに、鏡を見ることなのかもしれない。

天才や、輝きある存在が、沐浴や自らを洗うことを大切にしたように、わたしも自分を洗い流すように、その時間を大切にしよう、
と、再び思いました。


すべての気づきと、すべての存在、神々のご加護に感謝します。
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by ami-cosmo | 2006-05-28 08:52 | 気づき 超えること。

幻影


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許せないことや理不尽なこと、
哀しいこと、
苦痛なこと、
放棄してしまいたくなるようなこと、

そういうことも、もちろん、きっと誰にでもある。

しかしそれもすべて、幻影なのですね。

そこで、普段作り上げてきた心の働きがいかに適用されて、
変換できるかで、自分自身の世界が変わってくる気がします。


頑張ろう、頑張ろう、頑張ろう。
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by ami-cosmo | 2006-05-28 00:06 | 気づき 超えること。

光と気力。



昨日は、輝きある存在から、特別な光のエネルギーの込められた
宝物を頂きました。

頂いたのは一瞬だったから、その時にはとくにわからなかったのだけれど、その宝物を吸収した瞬間から、
ものすごく明るい意識になり、
身体中に気力とエネルギーが行き渡って行くのを感じました。

何回か頂いたことはあるけれど、
ここまで如実に変化が表れたのは、初めてかもしれません。
本当に有り難いです。

今月も課題を頑張ろう、そう思いました。

あるお友達が少しの間おもいうかんでいたら、
突然メールが。

わりと長くお返事がなかったから、来ないと思っていたのに、
その内容も、わたしの返信も、
思い描いた通りでした。

最近わりとそうだけれど、昨日も、
お姉様が、わたしの独り言が聞こえるとか、
もう一人のまだ眠っていたお姉様が、
オーブンのボイラー掃除の蒸気を、お掃除前に感じていたり、
神秘的現象が。

内側が現れやすい時期だからこそ、
内面の浄化がものをいうのかもしれない、と思いました。

夜は、最近やるようにしている瞑想を取り入れた呼吸法。
浄化作用なのか、とても心が澄み渡って、
神々に対する畏敬の念と、涙が出てきました。

何故、もっと早くいろいろなことに気づけなかったのだろう、
という思いが出てきたりもしたけれど、
今までのすべてのことは、一歩ずつ前進するためのプロセスで、
だからそれを糧として、また進んでいけば良いのだな、
と思いました。

病気と闘う母上も、最近少しづつヨガや気功など、
体を動かせるようになってきたとのこと。
大親友のNAちゃんのお手伝いもさせていただけるとのことで、
心も前向きになってきているみたい。

例え不安なことがあっても、
素直に一歩ずつ進んでいこうと思う、とのこと。

素晴らしい。
わたしも謙虚な姿勢を忘れないようにしようと思いました。

日々加護してくださる神々と、すべての友、環境に感謝したいと思います。
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by ami-cosmo | 2006-05-24 01:46 | 気づき 超えること。

美しい言葉から成る、美しい微笑み。


b0023052_1154333.jpg少し前に、自らの言葉の働きを悔い改め、
その浄化を懇願したことから巻き起こった、
様々な浄化の現象。
そんな中、先日やっと、扁桃腺が治りました。

その事を、光り輝く勇者のように前進する先達にお話したところ、
ヨーガや密教にあるマントラは、
言葉に関して、
とても大きな浄化作用があると教えてくださいました。
その方は、道にも迷わなくなったのだそうです。
わたしも極度の方向音痴なので、
意識して唱えてみようと思いました。

その流れで、言葉について意識していたからか、
お掃除をしていて言葉の本を発掘しました。

いつかお姉様が勉強されたという、お嬢さまことば速修講座。
ブッククラブ回で見つけて、面白いなって思ったものの、
もう何年も荷物の中に埋もれていて、
解説までは読んでいませんでした。

時を隔てた今、解説を見てみて、
本質を突いているなと思ったので、ご紹介しますね。



美しいことばづかいが美しい表情と気品をつくる

少し注意してみますと、美しいことばを口にするときは、
それに必要な頬や口元、目のまわりの筋肉の動きもまた、
美しいものであることがわかります。

逆に、粗雑なことばづかいをするときの顔の筋肉の動きは、
やはり粗雑なものになります。

さらに、よいことを考えているときの表情は、
柔らかく、穏やかになりますし、
怒りや不満、疑心をいだいているときは、
唇の両端を下げ、頬をこわばらせています。

表情は、あなたが思っている以上に、
その人の内側を語り、
そして、年を重ねるごとに、定着していきます。

顔立ちの美しさは、持って生まれたつくりの美貌よりも、
長年くり返したよい表情によってつくられ、
深い魅力をもちます

ことばは、その人の内面を映すものであると同時に、
その人の内面に働きかけますが、
内面だけでなく、外面にも、働きかけるのです。
つまり、美しいことばづかいが、美しい外見をつくります。

もし、あなたが、「自分と他人、物事を肯定的にとらえ」、
「相手の立場と位置を尊重し」、「公私の区別を明確にもち」、
「状況に応じた的確な表現を試み」、「自分のことばに責任をもって」、美しいことばづかいをたしなもうとするならば、
その表情は、自ずと、穏やかでありながらも、
凛とした、気品あるほほえみを伴うものとなることでしょう。
こうして生まれる「ほほえみ」こそが、
「気品」のもっとも重要な要素です。

たとえ、あなたが、そうした意識のあり方には、
未だになれないでいるのだとしても、
ほほえみの練習はする価値があります。

人と会ったとき、美しいもの、愛らしいものに触れた時に、
すぐにほほえみがこぼれるように。
やがて、内面からのほほえみと相まって、
自然に気品あるほほえみを浮かべることができるようになるでしょう。
それはあなあたが、お嬢さまことばをつかわなくても、
黙って座っていても、高価なものを身につけなくても、
気品の漂う女性になっていくことでもあります。

気品とは、生まれによりものではなく、
自分でつくりだしていくものです。

最後になりましたが、お嬢さまことばを身につける最大の効用は、
気品に満ちた美しい顔立ちになることなのかもしれません。



乙女の皆様、精進いたしませう。
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by ami-cosmo | 2006-05-18 08:50 | 気づき 超えること。

気づきと進化への道のり。

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心の旅から帰って参りました。

メッセージの返信など、お待たせ致しました。

帰ってくるその日に、本当は、こういう要素があるかもしれないね、と、親しい人に言って頂いたことで、
内側を見つめるきっかっけになりました。

愛情欲求とか、人を嫌う要素とか、
こうなったらどうしよう、という先読みする考え方とか。

普段は気づかないし、目を向けてもいないけれど、
深い部分にある要素。

誰かを助けるとか、誰かのためになるとか、
神々に仕えるとか、そういうことは、
そういった要素とはまた違った姿勢で、
お仕えさせていただくべきこと。

とっても大切なことを、思い出させて頂きました。

そんな気づきにシンクロするかのような、
アインシュタイン級知的会合での会話。

どんなにすべてととけ込んだかのような状態になっても、
わたしたちはプログラミングされているがゆえに、
自己完結的である、
どこまで行っても、正当化された自己完結、という思考。

難しいようで、理解すればそれが痛切に感じられること。

日々瞑想し、心理学を探究し、過去に農学を学ぶmari姉曰く、
人は、「あなたは目覚めた時、窓を開けます。」という催眠をかけられると、起きてすぐに窓を開ける。
それに対して、何故窓を開けたのか尋ねると、
「暑かったからです。」と答える。
しかしそれは、もっと深い潜在意識に原因があって、
表層で何らかの理由をつけて正当化していて、
その理由は本質ではない。
だから、もっと自分の深い意識を知らなくちゃと思う、と。

そう、わたしたちは、小さい頃から、
遠い過去から、いろんなものをプログラミングされていて、
これがわたしだ、と思って生きている。
けれど、それは自分の本質とはほど遠いもので、
もっと奥深くに、苦しみの原因だったり、
自分自身の本当に求めているものや、その動機があったりする。

そんなことに気づけたからか、気の流れの滞りも少しとれたみたいで、
ヨガの呼吸法である、大好きな火の呼吸をすることができました。

日々黙々とトレーニングする、長老やmari姉、かりんちゃんの
おかげでもあります。

一分一秒を大切に、集中して、
内側を見つめ、原因と結果を見つめ、
本当の意味で、有意義に行きたいなって思いました。
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by ami-cosmo | 2006-05-15 21:31 | 気づき 超えること。